2011年4月21日木曜日

非常事態

昨日の夜、母が祖母の家からウイスキーを3本程拝借してきたのだが、それを飲んだ。非常に高級で口当たりの良い酒だった。祖母は現在、母の姉二人のうちの真ん中の細江さんと二人で暮らしていて、自営業の工場をたたんでアパートにしてしまってからは一番上の姉の飲食店を手伝っているのだが、それが終わってから毎夜毎夜缶チューハイや缶ビールを開けては飲む、なかなかの酒好きである。と云うより仕事上がりのそれをたのしみにしているのだろうとは思うが、祖母と細江さんの御両かたともにウイスキーは飲まないのだ。それなのに何故そんな家にウイスキーがあるのかというと、祖母の夫、つまり僕の祖父にあたるが、その人がウイスキーが大好きで、亡くなられてからずっとそれをとっておいたのだという。ただでウイスキーが飲めるというのは僕にとってラッキーハッピー以外の何者でもないのだが、実は祖父が亡くなったのは僕が三歳かそこらの話であり、十六年も前の事である。仮にそれが山崎の十八年物だとしたら、三十四年と名前を訂正するべきである。ちなみに調べてみると酒の種類はオーシャングロリア。20年以上前の作品のようで、古い味がしたが、アマレットで割ってみたところ美味しくいただけた。ウイスキーとアマレットで割るとゴットファーザーというカクテルになる、これは「おまえ、これ以上強い酒があるか、こいつはカクテル界のゴッドファーザー、最強ったらありゃしねえよ」みたいなセンスでつけられた名前で、あの懐かしきテーマソングが耳から聞こえてくるようである。
こうやって酒を飲んだり、また最近は親戚からからすみを送って頂いたりして、美味いものや美味い酒があって酒池肉林、いや、酒湖肉森を楽しんでいたのだが、ふと鏡を見るとでぶがいた。ははあ、雲外鏡、だまそうったってそうはいかんよ、洗面台に向かい鏡を開ける、矢張りでぶがいる。まずい、これはまずい。太った。顔が太った。雲外鏡のせいにしてお詫び申し上げないといけないが、こんな顔でお詫びにいったら、雲外先生に、きさま、おれの顔を小馬鹿にしてそんな顔をしおって、くそぶっ殺してやる、とか云われかねない、まさに背水の陣。美しくなければ生きている意味がないと動く城の主も申していたように、生きるか死ぬか、それが問題だ。友人に相談すると、あはは、人間は外見がアレでも内面が美しければいいんだよと軽々しく云われたが、僕というのは厭世今生、自堕落不貞な人間で、外見はそこそこ美しいのを良いことに内面がアレなのを誤魔化してきたのだ。更に僕はこの春新しくバンドを組むのだが僕はボーカルで、人に迷惑を掛けるようなロックなんてものをやるので、ステージ上で「お前らみんなくたばっちまえ」とか「人間嫌い!いやだ!くそ!」なんてことを云おうとしている奴が(ちなみにバンドをやる理由はストレス発散)肥満この上ないとしたら観客に引きずり降ろされ市中引き回しの上晒し首になる事くらい俺でもわかる。明日てんきになあれ、なんて云うてる阿呆達は、晴れ、雨、くもり、どちらでもいいのかもしれないけれど、嗚呼、俺にとっては生きるか死ぬか、それとも痩せるかだ。
しかし地震と云うのが起こると普通に生きてる人たちも、やれパンクだ俺は30代くらいで死ぬんじゃとか云うてる人間達がどれ程生に執着しているかわかる。俺は地震や津波なんかでおっチンじまいたくない、死に様を選びたい、とか、そういうことを云うのだったら、車の前に飛び出していって「僕は死にませーん」とでもやっていればいい。それこそニュースになったであろう、六人の轢かれた赤ん坊共の為に命を交換してやったら宜しいのだ。僕がそう云うと自殺志願者のパンクスどもはいっせいに道路に飛び出し、やがて道路一面パンクスのかけらだらけとなって、子供達は息を吹き返したのだった。子供達は「パンク侍どもよ、きさまらの命しかと戴いた」とか云って葬式の途中で突如彼らは蘇りなんとこうわめいた!
「ファーストギグだ!てめえら、覚悟しな!」
慌てふためいた親族達が逃げる間もなく、ドラム担当らしい幼児は木魚でリズムを刻み始め、ベースは荒くれた音で響きはじめ、ギターはちゃらちゃらとパワーコードを鳴らし始めた。残った二人はおもむろにポケットからサングラスを取り出し髪の毛をすばやくポマードでリーゼントに変えた。二人は踊り出して、後ろの演奏が盛り上がり、急に音が止まる。沈黙が走る。沈黙を破るのはもちろんボーカルのリーゼント幼児、口を開いて出た言葉とは。
「また人間に生まれてきちまった。キャベツになりたかったなあ」