2011年4月11日月曜日

擦り硝子

見えていなければ存在しないも同然であるというのは強ち間違いではないが、存在しないというのは想像することが出来るという点で優秀である。義経はハーンになったかも知らんし、島津豊久は異世界にいったかもしらんし、僕の昔付き合っていた女はとっくのとうに死んでおるかも知らん。まあ義経がハーンになったり島津豊久が異世界にいったりなんていうのは厭くまで架空の産物であってそれは想像とはいえない。想像というのは、あるかもしれないし、かたやないかもしれないそのごぶごぶの線があるから掻き立てられるので、擦り硝子というのはそういう意味ではナイスなチョイスをしておる。ラブホテルに行くと、浴室が見えるようになってしまっているのがあるが、あれはなんというか、風情がないように思える。女が裸でシャワーを浴びているのがその仕草形でわかるのだけれど、果たしてその毛の一本まで見えぬという、そこに興奮するのであって、擦り硝子でない普通のだと、なんだか女の本当の価値ぐらいしか抱けないようで興ざめする。浴室もくっきり見えるなんていうのは、乱交でもする時に浴室とベッドで行為しているときに互いがおこのうているのが見える、という利点くらいしかない。女のことになってしまったが、女のことでなくても真実というのは見えないようで見える、見えるようで見えない、それくらいのがいい。とかく人間というのは冷静に物事を考えすぎなので、酒に酔っている時くらいのが物事を考えるには丁度いい。超同意。煙草も酒も薬も、人間が本能のみままに悦楽を感じることの出来るようにするツールである。そもそも神様とか聖書とか、酔っ払いだかラリった阿呆が書いてる怪文書、でもそれが此の世界で最も読まれている書物になるくらいのだから、皆酔っ払って葉っぱで頭を舞わしてる位が丁度いいのだ。ええじゃないか。平成の世の卯月の夜に皆でぐるぐるぐるぐるぐるぐ。ええじゃないか、ええじゃないかと皆で踊り、やれ、丁度外も暖かくなってきたことだし皆裸でセックスセックス。そもそも卯月というのは産まれるとか初めてとか、四月がそういう月であるということを表しておるので、ゴムも付けずに喜びのままにセックスに興じればいい。人類皆兄弟と申すじゃないか、色んなひととやったらええよ、美人、不細工、ちび、でぶ、じじい、ばばあ、女の子、男の子、小学生、幼稚園生、幼児、胎児、同性、黒人、白人、黄色、アメリカン、ユダヤ、アラブ、梅毒、クラミジア、エイズの女、白痴、痴呆、つんぼ、めくら、おし、うつけ、気狂い、胡瓜、茄子、人参、牛蒡、ありとあらゆる万物、神、そして、僕とか。皆兄弟になって、ともだちになって、平和。

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