2011年9月22日木曜日

厭世の人

チャイムの音で目を覚ます。鎖骨まである髪をはらい机の上の時計を見る。七時、いや、八時か。ああ、そうだ、今日は生協の宅配が来る日じゃないか。んむ、と小さく欠伸をするとベッドから起き上がり、二度目のチャイムに「はい」と返事をすると細めのジーンズを穿いたのみの姿で洗面台まで歩いていき、水の勢いを強くできるだけ強くして顔を洗うのだ。顔の周りの髪が少し濡れる。息を大きく吸って正面に写る顔を見る。二重瞼はくっきりと、睫毛はまるで女性のように長くくるりとした曲線を描いている。鼻はすっと伸び、口びるはまるで紅を塗ったかのように薄いピンクだ。三十を過ぎて肌は少し荒れてきたが、まだまだ美貌は衰えていない。ドアを開けて「おはようございます松浦さん、ここに判子お願いします。」宅配員の男の差し出す紙に判子を押す。五kg程の荷物を受け取ると、また一人の空間に戻ることが出来た。机の上にあるヘアゴムで髪を縛るとその姿は女そのものだった。 
今来た、生協のアルバイトも、二ヵ月程前までは、”判子を押してくれている美女は、この荷物の受け取り人である京介という男と同棲しているのだろうか”と思っていたくらいで、ある時宅配の際にズッキーニを入れ忘れた事があって、俺の声で電話がかかって来たことに、「やっと、男の正体がわかるぞ」と喜び勇んで届けにいったのだが、当然、京介が出て、宅は委員の男は酷くがっかりしたのだが、その直後発せられた「朝これ無いと困るんだよね、ありがと。」という俺の声で度肝を抜かしたというエピソードをこの前聞かせてくれた。
注文表と中に入っている食材に入れ忘れが無いか確かめると、まずズッキーニ、トマト、玉葱、ベーコンを取り出す。玉葱を微塵切り、ベーコンを一センチ幅、トマトはくし型にするとフライパンにオリーブオイルを敷きしばし炒める。玉葱がしんなりしたら、火を消して、鍋に水をいれて、火をかける。水が沸騰するまでの時間に書斎へ行き、好きなCDを選ぶ。今日は、”FOUR SEASONS / THE YELLOW MONKEY”にした。CDをコンポにセットする。ついでに黄色に黒の斑点模様のフトアゴヒゲトカゲのバリのケースの電気を付けて「朝だよー、バリ起きてー」と、語りかける。起きない。手で突いた所なんとか目が開いたのを確認して、もう鍋が沸いているのでコンソメを溶かし、先程フライパンで炒めたトマト等を放り込む。その後ズッキーニを輪切りにし、鍋に加える。特に注意するところなど何も無く数分後にはもう、スープが出来る。オレンジのスープカップに適量を移すとスプーンを入れ、テーブルについて少し飲む。ズッキーニをすくって、先に食べ終えてしまう。太陽が燃えている、が流れている。幸せだ。

歯を磨きながら、今日は何曜日だったか知らんと思案する。金曜日であれば、確か悟の美容室は今週は定休日だ。おそらく六時半頃に夕飯を食べに来るだろう。悟と云うのは、僕の高校時代からの数少ない友人で、都内で美容室の店長をやっている奴だ。週一でうちに夕食を食べに来るが、酒を飲みに来ていると云ったほうが正しいかもしれない。オイルサーディンを作りたいな、あとはズッキーニか南瓜で冷製スープもいいかも知れない。もしかしたら、あいつの彼女も一緒に来るかもしれないから、二人前より少し多目に作っておかなければならないだろう。あとは、そうだ、前菜としてテリーヌ、先日テレビでやっていた通りに作ってみよう。お酒は、ワインが二本あればいいだろう。クーラーの中に入っているのを確認しておこう。そうなると、イワシとサラダ油と、コンソメスープがいるのだろうか。そうなると誰かに買ってきて貰わないといけないが、悟に買って来て貰うとなると仕込む時間が無い。考えた挙句、愛子に持って来て貰う事にした。愛子も、僕の大学時代からの唯一の友達で、フリーター道まっしぐら、僕が学生の時こそ「フリーター」と云って馬鹿にしていたが、今となっては社会でしっかり働き続けられる彼女のほうが、働いていない僕より偉いように思える。早速愛子に電話してそれぞれを必要な量、頼む。こんな生活も、もう五年になる。

高校も、大学も一流に属する所へ入った。大企業にも就職することが出来た。ただ、僕は人付き合いが底抜けに下手だった。高校では、一緒にいても何を話したらいいのかわからなかったし、流行話を振られても、テレビをまったく観ていなかった僕にはよくわからないものばかりだった。そっちのけで嬉々として騒いでいる同級生を見て、ただただ羨ましがるだけだった。悟は、原宿のキャットストリート裏にある古着屋の客同士で知り合いになって、以降、同じ女性と、僕、その後悟が、と順番に付き合ってしまうことが二度ばかりあったが、今でも仲良くやっている。おそらく僕が悟を嫌いにならなかったのは、どちらの女性も、付き合った順番が僕のほうが先であるという事があったからだと思う。大学では、テレビ、雑誌などで色んな話題を拾い、面白可笑しく話す事も上手になった。しかし、今度は周りの連中の無学さが鼻に付いた。テレビも見ず、音楽も聞かず、本も漫画も読まず、ただひらひらと生きる馬鹿共と同じ世界に居住している事が心底くだらなかった。尊敬出来る人間には腹を割って話そうとしたものの、自分が尊敬出来る人間はそれを煙たがるようだった。その事実に心を病み一年程大学を休学した事もあったが、なんとか卒業はすることが出来た。就職後はひた無言に仕事に徹した。同僚と飲みにいっても沈黙を貫き、必要に応じてにこと笑うだけだった。不思議と人は寄ってきたが、今度はこちらが心を開くことが出来なかった。ひたむきに仕事をしていた故、出世だけは付いてきたのだが、五年程働いたのち、いいかげん人と接する事自体が嫌になって、半ば奪い取るように退職金をもらい、それまでの貯金を崩し崩し、やりくりしながら、両親から相続した家に一人気ままに住んでいる。


2011年9月4日日曜日

the ピーズ バカになったのに コード。

バカになったのに
 自堕落ばかりが~  C F C G
おーいぇー     C・G/B B♭・Am Dm7・G7 C
中学までは~    C・B♭ C・B♭ E♭・G C
さんざん無理して  C・B♭ C・B♭ E♭・G C
最後のバカになったバカになったバカになったバカになった のところはE♭・Fをくり返して
最後の「バカになったのに」は E♭・Dm C

too young to die too fast to live

「君がこの林檎ジュースだとしよう。僕がエビアンで、今の状態は、僕がこう、こっちに寄りかかってる状態。でも、いつかこう。二人とも寄りかかったら、お互いどんどん落ちてくと思うんだ、だって」
自分の失恋話を聞いて笑い転げている目の前の男を見て、私は溜息を付いた。
「意味がわからないのよ、本当に。」
一呼吸置いた後にその男はやっと口を開いた
「いやいや、あのね、”別れたい”っていうそいつの気持ち自体は凄くわかるよ。君は誰もが羨むいい女で、言い方古いかしらん、とにかく出来る女で、彼は才能の無いコンプレックス男。でも、まさかそんな、”たとえ”で別れ話なんて、サイコー、ほんと。」
魅力的な男は嘘をつかない。と、云うよりそもそも私ぐらいの女には見抜く事などとうてい出来ない嘘をつくのだ。
その点この長谷川という男は、ぺらぺらと嘘を付いて女を貶め手中に収めるかと思うと、その種明かしを本人にわざと披露する。当然「騙された!」と女は坦々麺を頭から被った様な顔して怒り狂い、長谷川もその失恋に心を痛める(フリをしている、と私は思っている)。彼にとって恋愛と云うのは、失う所までもがその一部である様で、そんな一部始終をいつも嬉々として話している彼を見ている私には、その”体験談”を他人に面白可笑しく話す事が彼にとっての幸せなのではないかと思ってしまうのだった。



「それで、リンゴジュースさん」
「ふざけないで」
「はいはい、由香さん。で、それ聞いてそのまま、はいそうですかって引き下がったの。」
「そんなわけないでしょ、泣き喚いたわ。反論するとかどうとかじゃなくて、単純に意味がわからなかった。」
私はなんだか目頭が痒くて少し擦った。昨日振られた身で、化粧などしている筈がなかった。

「やっぱり男ってのは大人じゃないと駄目なんだよ。」

「大人って何かしら。」
この男は少し考えるフリをしたように見えた。
なんだか悪巧みをしているらしい、この長谷川の顔と云うのが驚くほど無邪気で可愛らしい。
「うーん、君がこのジントニックだったとして…」
「ふざけないで」
私がそう云うと、長谷川はそれ以上大人な男がどうとか、そういった事について語ろうとはしなかった。こいつは、君がジントニック・・・、が言いたかっただけに違いない。

そもそも今日、長谷川は出会い頭から底抜けに陽気だった。喫煙所にいたスッピンの私に向かって歩いてきて、まず一言、周りにも聞こえるように「失恋おめでとう。」と云って手を叩きやがった。そして、”失恋祝い”と称してフィッツをくれたのだが、「彼氏は長持ちしなくても、フィッツのガムは味が長持ちするよ。」と…。そして、「これ、店員さんが失恋おめでとうって書いてくれたから…」と云って渡してきたのが、”こんな男はダメだ!”というタイトルの本だった。確かに裏表紙のところに”由香、失恋おめでとう!”と女性の文字で書いてあった。腹が立ったが、フィッツに関しては私も使ってやろうと、そう思った。とにかく今日の長谷川は”調子”が良い。

そんな事を考えていると、長谷川はいつの間にか店員に「失恋に効く食べ物ってありませんか、いや僕じゃなくてね、こいつがね。」などと云って”激辛豚バラ”なるものを頼もうとしていた。店員は気遣い気味に「ご愁傷様です」と云った。ここには突っ込んでくれる人間は誰もいない。私が物思いに耽っている暇など無いのだ、ちくしょう。