2011年9月4日日曜日

too young to die too fast to live

「君がこの林檎ジュースだとしよう。僕がエビアンで、今の状態は、僕がこう、こっちに寄りかかってる状態。でも、いつかこう。二人とも寄りかかったら、お互いどんどん落ちてくと思うんだ、だって」
自分の失恋話を聞いて笑い転げている目の前の男を見て、私は溜息を付いた。
「意味がわからないのよ、本当に。」
一呼吸置いた後にその男はやっと口を開いた
「いやいや、あのね、”別れたい”っていうそいつの気持ち自体は凄くわかるよ。君は誰もが羨むいい女で、言い方古いかしらん、とにかく出来る女で、彼は才能の無いコンプレックス男。でも、まさかそんな、”たとえ”で別れ話なんて、サイコー、ほんと。」
魅力的な男は嘘をつかない。と、云うよりそもそも私ぐらいの女には見抜く事などとうてい出来ない嘘をつくのだ。
その点この長谷川という男は、ぺらぺらと嘘を付いて女を貶め手中に収めるかと思うと、その種明かしを本人にわざと披露する。当然「騙された!」と女は坦々麺を頭から被った様な顔して怒り狂い、長谷川もその失恋に心を痛める(フリをしている、と私は思っている)。彼にとって恋愛と云うのは、失う所までもがその一部である様で、そんな一部始終をいつも嬉々として話している彼を見ている私には、その”体験談”を他人に面白可笑しく話す事が彼にとっての幸せなのではないかと思ってしまうのだった。



「それで、リンゴジュースさん」
「ふざけないで」
「はいはい、由香さん。で、それ聞いてそのまま、はいそうですかって引き下がったの。」
「そんなわけないでしょ、泣き喚いたわ。反論するとかどうとかじゃなくて、単純に意味がわからなかった。」
私はなんだか目頭が痒くて少し擦った。昨日振られた身で、化粧などしている筈がなかった。

「やっぱり男ってのは大人じゃないと駄目なんだよ。」

「大人って何かしら。」
この男は少し考えるフリをしたように見えた。
なんだか悪巧みをしているらしい、この長谷川の顔と云うのが驚くほど無邪気で可愛らしい。
「うーん、君がこのジントニックだったとして…」
「ふざけないで」
私がそう云うと、長谷川はそれ以上大人な男がどうとか、そういった事について語ろうとはしなかった。こいつは、君がジントニック・・・、が言いたかっただけに違いない。

そもそも今日、長谷川は出会い頭から底抜けに陽気だった。喫煙所にいたスッピンの私に向かって歩いてきて、まず一言、周りにも聞こえるように「失恋おめでとう。」と云って手を叩きやがった。そして、”失恋祝い”と称してフィッツをくれたのだが、「彼氏は長持ちしなくても、フィッツのガムは味が長持ちするよ。」と…。そして、「これ、店員さんが失恋おめでとうって書いてくれたから…」と云って渡してきたのが、”こんな男はダメだ!”というタイトルの本だった。確かに裏表紙のところに”由香、失恋おめでとう!”と女性の文字で書いてあった。腹が立ったが、フィッツに関しては私も使ってやろうと、そう思った。とにかく今日の長谷川は”調子”が良い。

そんな事を考えていると、長谷川はいつの間にか店員に「失恋に効く食べ物ってありませんか、いや僕じゃなくてね、こいつがね。」などと云って”激辛豚バラ”なるものを頼もうとしていた。店員は気遣い気味に「ご愁傷様です」と云った。ここには突っ込んでくれる人間は誰もいない。私が物思いに耽っている暇など無いのだ、ちくしょう。