2011年12月14日水曜日

けむり

素敵な世界に浸りたいときはいつも酒を飲むようにしている。それも、ドライマルガリータか、ドライマティーニでなくては駄目だ。どちらかと言うとマルガリータよりかは、マティーニが好ましい。そしてシェイクのマティーニであれば尚良い。一杯、二杯とマティーニを飲み干していく。一杯目のマティーニではスパイのような気分を味わう事が出来る。二杯目からは非常にエロティックな気分になり隣に女性がいればこれを口説く。三杯目から七杯目までは何杯でも同じで、ただアルコールを摂取しているに過ぎない。しかし、七杯目のマティーニを飲み干すと、八杯目のマティーニの表面に霧のような、けむりのようなものが立つことがある。そのけむりは異次元に繋がっていて、ふと気づくとその中に吸い込まれていた、という経験を今までに三度した。その中で最も最近のものはことに奇妙な世界に誘われたのだった。


九畳程のその部屋には、面積の三分の一はあるかのような立派なクリスマスツリーがおはしていて、さらに残りの三分の一を埋める大きなグランドピアノがあって、そこに女の子が座っていて、ボレロを弾いている。
「ピアノでボレロ?!」
と俺はそのセンスの無さに驚愕し、全身の穴という穴から汗がにじみ出ていた。当然前述したとおり前の世界ではマティーニを八杯飲んでいたわけだから、そのにじみ出る汗というのがこれはもうジンなのである。

(汗が”ジン”わり)

等と下らない事を考えながら部屋を飛び出したのだが、そこは一面ネオンの輝く風俗街、ひとたびふらつけばキャッチの兄ちゃんが声をかけてくる。先程のボレロのせいで不機嫌な俺はそこに見えたMOTHERというROCKバーに駆け込んだのだった。俺の知らないメタルが流れている。サッポロを頼むとカウンターのマスクしてる姉ちゃんが缶のまま差し出してくる。せめてフタぐらい開けてくれよと思いながら曲をオーダーする。なんとなく、デビットボウイのダイヤモンドドッグスをたのむ。酔っぱらっているので聴いたか聴かないか、で曲が終わる。

「おねえさん、何が一番好きなん。」
と聞くと
「パンク」
とだけ返ってきた。
「イヌは無いんか、イヌ」
「メニューに載ってるの以外はない」

なんともそっけない姉ちゃんだと思いながら音楽のメニューをぱらぱらとめくる。ふとジョンライドンのディスイズノットアラブソングを思い出す。姉ちゃんに頼むが、五分立ってもなかなかかからない。姉ちゃんは棚をがちゃがちゃやっているので

「もしかして見つかんない?」
と聴くと
「見つからないわけねえだろ、そんなベタな選曲」
と言われてしまった。なにもそんな風に言わなくても、と思ったがそのまま飲む。ジョンライドンが終わり、俺はアマレットジンジャーを頼んでドリームシアターのメトロポリスパートツーを頼む。すると
「あ、ごめん。それない。」
と言われてしまう。悲しい。アマレットを少し飲んでとりあえずトイレに行くがもう頭ががんがん、足はふらふら、鏡を見れば驚く事に悲しき中年の顔である。顔を洗うと金を払って店をあとにした。外に出るともう歩くことができず、店を出た横の樽の前でしばし倒れこむ。目がかすむ。ああそうだ、これはそう、マティーニの霧だ。俺は夢の中にいたんだ。
気づけば落合の家のベッドの中だった。何故か下半身に何も身に着けていない状態であったが、部屋の中にその日つけていたズボンがあったので、これを良しとする。

腹が減ったのでラーメンを食いにいく。注がれた水が水道水で、辟易する。ラーメンもなんともまずい。ため息をつきながらこれを食べる。さよなら、幸せ。さよなら、また、マティーニの霧の中で会えたら。