2011年5月2日月曜日

傲慢のマーマレード、二

 その日はいつも行っている「とんちき」という居酒屋で散々騒いだ。青島が焼き鳥を頼み、と云うのはこいつは野菜が全く駄目で、フレンチがサラダを頼み、と云うのは北川も北川でベジタリアンという、まあよくもそれでグルメと呼ばれると感心するが、フレンチはベジタリアンの癖に肉料理はしっかり作れるから吃驚する。味見をしないで一流のレストランにだせるようなものが作れるのかどうか甚だ疑問だが、確かに北川の店はかなり繁盛していて、実際にどんなもんだと行ってみたことがあって、まずけりゃいちゃもんの一つでもつけてびた一文払わずにかえるつもりだったが結局を云うと、きっちり代金を払って帰ることとなった。そして何が腹が立つかと云うと、あいつがキムチの食品会社といわゆる”コラボ”してオリジナルのキムチを販売していたり、水曜日のおやつ時に主婦と子供向け10分番組「キムチーマン」というヒーローモノ特撮の監修をやっていて、その内容と云うのが全国各所の専業主婦達が愛する家族のために献立を何にするか困窮している時「助けてキムチーマン!」と呼ぶとキムチーマンが光の様にやってきて、キムチを使ったレシピを何点か教えてくれるという内容だ。彼は奥様を麻酔銃で眠らせて、そのあいだにちゃちゃっと調理してしまう(スポンサー的にはそれぐらい簡単に美味しく作れると云いたいらしい)のだが、だいたい話の落ちるところというのが、キムチーマンが奥様がその日用意していた献立を全てキムチ味にしてしまうので、奥様が眠りから覚めてふたを開けると

「わあ!豚キムチだあ!これは…キムチ味噌汁だねえ!うわあ、これも・・・キムチ納豆・・・・・・キムチご飯?」

となって非常に困った奥様を尻目にキムチーマンが帰っていくというラストとなる。タイトルが毎回有名映画のパロディとなっているのは北川の趣味らしく、いい意味でも悪い意味でも印象に残ったタイトルをいくつか挙げさせて頂くと、「フライド・グリーン・キムチ」「シュガーなキムチ」「時計仕掛けのキムチ」。そして毎回何故か調理中に流れる映像が非常にレベルの高い殺陣である為に、一部のヒーローオタクと云うか、特撮オタクには根強い人気を誇っていて、キムチーマンのキャラクターグッズは何故かいつも完売で、今度映画化もされるらしいのだが、もともと10分しかない番組をどうやって映画化するのか非常に気をもむ。俺はどうにもその人気を理解出来ないのだが、と云うのもキムチーマンのデザインが、ゴレンジャーのようなスーツを纏った上に頭部がスーパーで売られているキムチ(それもちゃんと北川とコラボした商品のパッケージで)のあの、プラスチックの四角い箱のようなものを被せただけという見るからにお粗末な代物だからだ。あれが所謂”ださ格好いい”のだとしたらまったくいよいよ意味がわからない。という旨を北川に伝えたところ、あの、キムチーマンが全ての食材にキムチを入れてしまうというのは、遠まわしに韓国の事を馬鹿にした表現なのだと云う。てまえどもはキムチの味を生かしきれていないという反骨精神らしい。ただ、以前『キムチーマン』の番組の中でキムチの正しい発音が”KIMUCHI”ではなくて”KIMCHI”であるということを冗談交じりに放送した所、韓国からキムチの出荷を止めるぞとのお怒りを受けた事があるらしく、それ以降韓国嘲笑は程々にしているのだそうだ。
すると、砂じりばかりをただひたすらに食していた青島がおもむろに口を開き
「キムチは食いもんじゃねえ。」
と言い出して、機嫌の良かった北川の笑顔を少し引きつらせた。
「まあ、おふざけはこれくらいにして、傲慢のマーマレード、これをどうやって探し出すのか。三人寄れば文殊様の知恵ってやつだ。」
北川がさっきのお返しと云わんばかりに本当に存在するのかとか、誰から聞いたとか尋問している。青島も、わからない、いえないと押し問答の繰り返しをしている。
「どうせ一人で行かないと入れてくれないのだろ、その、規則だか、ルールだか、それが遵守されているのだとしたらさ。」
そう云って店を出た。手当たり次第にどこかで酔い潰れて帰ろう、今日は、いや、明日も明後日も、ずっと。