2011年5月17日火曜日

傲慢のマーマレード、三

 そこから宛てなく歩いて行くと、街には料理屋その他水商売の店なんてものは最近は野良猫より多くなって、その癖に、たまたまどこに入ってみたら美味いとか、あそこはたまたま美味しかったなんて店はどんどん少なくなり、雑誌で紹介されるものが全て、天国は観光しつくされた。うまくない店はまずいのだ。昔特有の行き当たりばったりのグルメの俺としてはなんとも納得行かないが、最近はその風潮に日和ったのかもしれない所があって、というのが高田馬場には俺が「次々とラーメン屋が変わっていくストリート」と命名しているとある通りがあって、そこには約八つ程のラーメン店が約半年のサイクルで立っては消え立っては消え、不味い店が無くなりまたそこに不味い店が出来て新しく美味い店が出来るまでは物件がどんどん変わっていく。ところが、その変わっていく店達に挑戦もせずに俺はまるでジグソウ、SAWだったかな、あれみたいでいやらしくて。行ってみて不味かったら店長ぶちのめして店じゅうしっちゃかめっちゃかにして帰るとかどうだい、たのしそうじゃないか。どうせなら内田裕也とか、らもとかさ、そういう風に生きたいよなあ。ロック。ロック。ワッツロック。料理研究家は?ロックか知らん?どちらかと云うと日々下らない問題に四苦八苦しているばかりで一向にその中間に行ってくれない。

そんなことを考えながら結局足はいつもの店に向かい、ドアを開ければ馴染のマスター、そして、以前朝の、いや昼頃の料理教室的番組で一緒に出たことのある美少女女優の水歯螺斗希湖ちゃんがいて、一緒に飲みますかと云う事になったので店の隅に隠れてちびちびと飲んでいた。斗希湖ちゃんは二三杯飲んだくらいで酔っ払い始めたので、となりに座らせ、キスをせがみ、事実キスをした。舌を絡める事が気持ちを絡める事に直結するならして欲しいと思ったが、如何せん女の子の心と体は別モノらしい。そこからちょっと時間があったので路地裏へ行き猥雑な行為に及ぼうとしたが、「彼氏がいるからダメ」拒まれた。女の子特有の酔っ払っている時はいいものの後で後悔するという奴で、あとで彼氏に泣き付いたらしく、次の日に彼氏に尋問されにいかねばならぬと云うことになった。話のねたにもなるしと云う事で会いに行ったが、さすが女優水歯螺斗希湖のボーイフレンド、美男子極まりなくて、惚れ惚れしながら見ていたが、どうやら僕の記憶が曖昧な部分と斗希湖ちゃんの供述に違いがあるらしく、そこの違いに彼氏くんは苛苛したようで、左手で服を捕まれスチール缶でおもいっきし殴られた。血が朝顔の露のごとく流れて綺麗で、小さい高揚が生まれたのを心の中に覚えながら、土下座をしろと云われたので土下座をしたら、彼氏君は案外傷を心配してくれて僕の傷の手当をしてくれた上多少のパシリをしてくれて、逆にこっちが引いてしまうくらいだった。殴って謝るくらいなら殴らなきゃいいのに。酔った勢いで猥雑未遂と激昂した勢いで傷害はどっちが悪いのだろう、どっちも駄目だ、不良でない人間があるだろうか、人類皆仲間さ、衝動赴くままにどつきあいながら抱擁する犬達なんだぜ。出たい時に手は出てしまう。で、誰が俺を責める事が出来るだろうか。誰が被害者だろうか。斗希湖ちゃんだけだよ、阿呆。

手当てをしてもらった後俺は帽子を買い、頭の傷を隠して夕方、繁華街を歩いたが、次第に殴られた時に生まれた高揚が爆発、大炎上を起こし、歌ったり踊ったりしながら街をほっつき歩いたので、この俺偉大なる料理研究家大河内芳乃がラリってるのではないかと掲示板に書かれても否定は出来ない。ちなみに何を歌ったかといいますと、手のひらを太陽にを替え歌して「ぼくらはみんなー生きているー、生きているからうれしんだー、後頭部缶でどつかれ 土下座をすれば 真っ赤に流れる ぼくの ち・し・お。」ってなかんじでやっておりました。こんな俺にも人様と同じ赤の血が!赤黒く頬を伝い痛みを感じ、その痛みこそが今の俺を掌る全てであるに違いなかった。いてえよ、いってえよ!これが幸せ!ラッキー!日常の世界からやってきた非日常よ!全ての人間はその他どうでもいい末節に毟られ、どつかれ、放り捨てられ、大したでもない悲しみと苦しみに喚き散らかすが俺は違う。今ならドラアグクイーンとですらセックス出来そうな気分。人生の最大幸福とは痛み、と云う程ではないが、俺を支配している三大快楽のうち最後のひとつは痛みである事を悟ったのだった。そう、丁度高校時代に内向的なクラスメイトが書いていた論文のテーマが、俺の全てなのかもしれないなと思った、『エロスとタナトス』それは相反しない。サディズムとマゾヒズムがそうでないようにそれもそうでないのだ。相反するといわれる物を同時に支配する、及び同時に支配される思い上がりだった。なんとなく、セックスフレンドを呼ぶ気にならず、自涜に浸ったのだった。