2011年6月26日日曜日

頑張る


「嗚呼、もう死んじまいてえ!」

五杯目の電気ブランを飲み干すと、俺は大分ふらふらしてきて、こうなってくるといよいよまともな事は云えなくなってくるのであって、話題は女と生足と、あとは乳房と酒、あれ、セックスはもう云ったかな、とにかく、そんな感じの事が頭の中を飛び回りはじめる。昔わたパチなんて駄菓子があったが、あれが脳内で弾けまくってくれてると解釈してくれていい。

今日は誇りある禁酒生活の一日目、勝って来るぞといさましく、家を出たのがこのザマだ。友人の友人のそのまた友人くらいの男に遭遇し、ものの三分話すうちに酒を飲みに行くこととなった。どんなに赤の他人であっても酒という友人が仲介してくれる限り、話のねたが尽きる事は無い。

「じゃあのみにでもいこか」
「あそこの店はいいぜ、なにせ時計がないし、窓もないから朝か夜かは勿論、晴れか雨かもわからない」
「そりゃ、ノー天気なことで」
ロータリーで二人でケタケタ笑っていた。結局、そのノー天気な店とは全く違う、いつものワンコインバーに入った。

「わかる、わかります、俺も死んじまいたいですよ」
設楽と名乗るこの男も俺とペースを同じく五杯目の山崎のロックを口の中に流し込んで呟いた。
「でもね、嫌なことでもいい事でも、自分の都合のいい様に考えていいんです、それが、生きる為の力なんです、南に帆は向くんです」
「それはつまり?」
俺は指でマスターに"同じの"の合図をする。
「金八先生の、ホラ、人と云う字がどうのこうのって、あれ嘘ですよ。人ってのは一人でいいんです、ほらっ!」
と云うと彼は席をたつと大きく股を広げて仁王立ちしたのだった。設楽はおかっぱ頭、スキニーにぴったりしたTシャツを履いていて、その人の字がまるでマッチ棒のようでひどく滑稽だった。
「じゃあ二人いるときは、人じゃなくて何になるんだ?」
「それはね、セックスしかないんですよ、セックスはベッドでするでしょ、あと、服脱ぐでしょ、すると、こう、ね。」
そう言うと設楽はマスター、ペン、といって紙にペンで”肉”と書いた。
「おおーッ!」
俺は椅子から立ち上がり設楽と固く握手を交わした。
「すごいよッ!すごいよあんたはッ!」
酔いと驚きで大声が出たつもりだったが、受験勉強で頭をぱーにした大学生達のヴォリュームはそれすらかき消してしまう様だった。
「まあ、何も考えないで生きてた方が人生楽しいんじゃないですかねェ、成仏しませんよ」
この男、まるで御仏のような悟りの心を持つ男だ。素晴らしい。”明日の昼飯は何を食おう”なんて他愛もない考え事でさえ6分経てば”もう駄目だ、死んでしまおう”になってしまうくらいネガティブな俺にとって彼の楽観主義は九死に一生、蜘蛛の糸だ。ただ、俺一人がよじ登るにしても罪業の多さで糸が切れてしまわないか知らん。
「でもどうせならセックスも酒も、ドラッグも、やりきってから死にてえなあ。」
「だから、毎日酒飲んで薬やって、セックスしましょうよ。」
それから俺達はなんとなく、少し黙った。

俺達はもう純粋じゃない。かつては絵本を読み聴かせられていた子供だったかもしれない。折り紙折っておててつないで、それが一生続けばいいと思っていた。どうだろう、今、俺達は骨折り損だ。繋いでいるのは手と手じゃなくて、損得に繋がれて生きているのだ。
コップの中の電気ブランを一気に飲み干した。後はたぶん、大声で拓郎を歌った。

”人間なんて ららあららららららあ”

バーの椅子に寝転んで、おそらく十回目あたりの”人間なんて”辺りで俺は、疲れて眠った。

「てめえはっきりしやがれ、やったのか、やってないのか!」
「うるせえそんなもの覚えてないものは覚えていなんだ。」

夢の中で俺は、彼氏のいる女に手を出して彼氏に殴られると云う愚行に走った様だった。世の中にこんな恥な生き方があるか、俺はまだまだマシなほうだ。下には下がいる。もうちょっと生きていようと思って目を開けた。