2012年1月17日火曜日

男が喧嘩をする理由

いざ原稿を前にすると、話というのは思いつかない。これは小説に限らず、なにかをいちから作っていく人間には大体共感できる現象である。腹が減っていざ街にくり出すも、何を食べたいのかいまいちわからず、三十分程どこの店に入るか迷ってしまうなんていう話もこれに同じものである。
「うーん、かきたいものは沢山あったはずなのに。」
俺が家で机の前で唸っていると、寝ていた拓馬が起きたのか起きていないのか、カキたいタレなら俺もいっぱいいるよとくだらないことを呻いた。
俺はそれを無視して台所に向かい、一杯の水を持って拓馬に声をかけた。
「拓馬さん起きた?」
「起きた起きた、俺血圧が高いからお目覚めは気分がよろしいんや。にしても昨日は飲みすぎたな。」
どうやら俺たちは昨晩飲んだ。あまりにも飲んだ。部屋はぐちゃぐちゃ、床は酒びたし、先ほど行った台所には包丁が刺さっていた。もしやと思って洗面台に向かい鏡を見ると、やはり、顔はカバのように腫れ、くちびるは切れ、血だらけの顔と胸元。ワンルーム9畳しかない俺の部屋でいったい何が起こったのか甚だ疑問に思う。いそいで拓馬のところに戻った。

「おい、拓馬、おい。」
「なんじゃ」
「これやったのお前か?」
拓馬は体ごとこっちを向くと、ギョっとした顔に変わった。

「俺じゃ…ないけど、お前、それ、ひどいな…。」
「お前じゃなかったらやったん誰や。昨日ここに俺ら以外誰かおったか?」
「わからへん、わからへんけどお前、その顔じゃお前一か月ソープ通いや…もてない絶対もてない。」
「俺…この五秒間ずっと黙ってたことがあんねんけどな…」
「なんや」
「お前も一か月ソープ通わなあかんわ。」
「なにっ!」
拓馬はがばりと起きて鏡のもとへ走る。
「うわっ!血まみれのカバや!」
それからきっかり一分間。二人であほのように笑い転げると、示し合わせたように俺たちはもう一度殴り合いを始めた。理由を思い出したからである。たしかに昨日は俺たち以外の人間が、女が二人いた。トモエとリッちゃんだ。俺はトモエが好みで、拓馬はリッちゃんが好みだった。酒も入り、そこにあったルルも混ぜて酒を飲み始め、だいぶん具合がよくなってきて、そういう雰囲気になってきた。ところがトモエは拓馬が好みで、リッちゃんは俺が好みだったらしくそれぞれの好みに従ってアプローチをかけてきた。俺たちは互いに抱える希望をもてあましたままキスに入り、もてあましたまま、愛撫に入ったのだった。問題はここで起きた。いざ挿入というところで、俺たちは自分の好みの女が友人に犯されるという事実に我慢ができなくなり殴りあいを始めたのだ。大の大人二人が怒張した股間をゆらゆらと揺らしながら大真面目に、怒鳴りながら殴り合いをしている絵はしらふであればさぞ面白かったに違いないが、あいにくと皆酔っていたので、おそらく女の子はそれを見て恐ろしくなり二人が力尽きて倒れたところを音を立てないように着替え、逃げ出したのであろう。
 やがて俺達は力尽きて殴り合いをやめた。最初に口を開いたのは拓馬だった。

「俺、今考えてみたんだけどな、女の子あの酔っ払い加減やったら、一回いれてそのあと乱交にもっていったほうが合理的やったんと違うかな…。」

俺たちは五秒黙った。間違いなくそれは五秒だった。そして同時に口を開いて

「あ~!!」

その後俺達はトモエとリッちゃんに謝りのメールを送ったが、その後彼女たちからメールが返ってくることは無かった。